“今日も元気にいってらっしゃいっ!”
「ぃ、いってきまぁっ―――」
“おはようございます!”
「oh.....shit...」
きょ……今日も言えなかった……。
“きのこ好きな人がお亡くなりになられたと報道され、一夜明けた今日なんですが”
テレビ画面の中で微笑む彼女に俺は……おはようも……そして、いってきますさえも……言えなかった……。
“良いことには変わりはないのですが、まさか、亡くなっていなかったと覆ってしまうとは思いよらなかったですねぇ”
何度も何度も言おうとチャレンジしてきていることなのだが……なにぶん、俺には“いってきます”という言葉を発する習性がない……。普段言う相手が居ないというのもあるが、そもそも爺と暮らしていた時でさえもそんなに言っていなかった。言っていた時期ってのはせいぜい小学校低学年くらいまでなもんだ……。故に、いざ発しようと思うと恥ずかしさとむずがゆさでどうも詰まってしまう。
“お亡くなりになる寸前に星が跳ねながらやってきたとは、いつ何時何が起こるかわかりませんよ。ほんとに”
「……」
“このままでは人としていいはずが無い気がする”ということから、トレンド紹介も兼ねて頑張っている彼女に“おはよう”と“いってきます”を言うというミッションを自らに課し、始めたことだが……こうも失敗が続くと自分という人間が少し嫌になってしまう……。一番いいところまでいったというのが、この次の番組のアナウンサー小城さんに元気よく言ってしまうという、なんともな気分にさせられる時間差での失敗ってんだから尚更だ……。
「いや、だから言ってるじゃないか! 今日のトレンドはなんだって聞いてんだよ!」
……爺まだ電話してやがるのか。
「ずずっ……」
うん。やっぱり、朝ギリギリの時間に敢えて寛ぎ飲むコーヒーは美味い。
「あんたねえ! 街中覆面だらけになったらどうするってんだ! こちとら普段からマスク被ってんだよ! 個性がなくなって営業妨害の何ものでも無いんだからな!」
なんでそんなもんを? とは思ったが、目くじらたてて抗議の電話をかれこれ30分以上続けることではないと思うがね。トレンド紹介で自分と同じ白い覆面を取り上げられたぐらいでさ。
「ずっ……」
うん……いやぁ格別ってやつだな。これぞ違いがわかる男だ。即ち俺。
「ああっ? なにぃ? トレンドザックザク? なんだそれおい!」
お前が抗議してるトレンド紹介コーナーだろ。知らないで今まで観てたのかよ。
「ああっ? あぁ……そうなのか。あれがトレンドザックザクなのか。そんなにザックザクなのか?」
どんな質問してんだよ……。つうか、もう言うこと無いなら切ってやれよ。
「うん。いや、そうだな。ちょっと熱くなりすぎた。俺も、なにも遊びでマスク被って授業してるわけじゃねぇからさ、それはわかって欲しかったみたいな……。おう、うん」
遊び以外何があり、何をわかって欲しいのやら……。真面目にしてるならまずマスクなんてかぶらねえって。
「え? なに? サイン入りグッズ? 誰の? ああ、あの巨乳の可愛い姉ちゃんの? ああ。いや、いいって、そんなの欲しくて電話したわけじゃねぇし。ああ、ほんとに―――じゃあ、下さい」
貰うのかよっ!! つうか羨ましいぞこんボケっ!!
「モモ太郎へってお願いします。はい、モモ太郎です。桃はカタカナ、太郎は太郎です。はい。ありがとうございます」
ネーム入りっ!!?
「いやぁ、なんかごめんなさいね。好きなのよ? いや、ほんと。あの姉ちゃんの頑張ってる姿とかみて朝のだっるい時間から元気もらえるしさ。ただ、マスク被るものとして、にわかマスクが増える危機感って言うのかな、まあ、そんな感じで」
完全に丸め込まれてやがる……。でも、羨ましい……。俺も、というか俺こそまさにあの人のサイン入りグッズ欲しいってのに……。なぜ、コーナー名や名前すら知らないこいつにっ……。
「いえいえ。こちらこそ、これからもお願いします。応援してますマジで。はい。はい」
……。
「では、はい。さような―――いや、トレンドーー! ザックザクゥーー!!」
「…………」
拳を上げ元気よく電話を終えた爺と目が合う。
「まあ、なんだ。こっちがきつく言ってやったらあっち折れよったで」
「うそつけっ!」
と、こんな感じで今日もまた始まったのであった。