“毎日決められた時間に登校し、決められた席、決められた時間割通りに行動する”
“それが、私達生徒の勤め……”
“ですが、一日の勤めが終わったらどうでしょう? 部活動? ええ、それもあるでしょう”
“ですが、部活という数ある組織に属していない生徒はどうでしょうか? 帰宅しそれぞれが自由に行動する帰宅部。それもいいでしょう”
“学園の一歩外を出てしまえば常識の範囲内では何をしようが自由なのですから”
“だから、私もここへきました。そう、キンジロウ公園へ”
“私が来たと言うことは、そう。皆さんご存知でしょう”
“今日はここが対戦会場となるのです。各家庭のお子さんたちが遊ぶこの公園が今まさに、血の海へと変わるわけです”
“ですが、どれほど血なまぐさいことがあろうと、私は逃げません”
“実況者という使命を初めて与えられた時から決めたのです”
“マイクに、部長に、あの空にっ、私は何があろうと実況すると決めたのですっ”
“それでは、今日の対戦者をお呼びいたしましょうっ。この方達ですっ!”
「え? えっ……? なに? 俺がなんか言うの……?」
なんも考えてないんだけど……。というか、いきなり現れて、俺にバトンタッチされても困るんだけど……。
「んもぉー。そこはぱっとなんか、ブラジャーとか言っとけばいいじゃないですか。百ちゃんおぉーぃ」
「いや、ちょっと、ふざけんなお前っ。お前主体のやつだろこれ。俺、毎回毎回、なんも聞かされてないっつうの」
いくら、アドリブの貴公子と言われた俺でも、流石に右も左も分からん状態でなんか言えるはずも無い。……つうか、なんでブラジャーとか言うんだ、馬鹿か。
「んだよぉー。まる投げかよぉー。使えねえ百だわぁー」
「いや、そりゃ、投げるよっ? 俺、やりたいとか一言も言ってないし、お前が勝手にやってるんだからさ」
「ちぇー。わかりましたよぉー。あたいがわるぅごいやしたですぅー」
「うん。お前が悪いよ。全て」
なんなんだ、いったい。ちょっと腹立つな恋太郎王子(こいつ)。
「ではではぁー。今日の対戦相手はぁー……松っちゃんお願いっ」
“畏まりました。では、読み上げたいと思います”
結局、松林が言うんかよ……。なら、なんだったんだよさっきのくだり……。
“貴様は覚えているか、消しゴムのカスを投げたことを”
「えっ……ええっ……?」
“貴様は覚えているか、謝りもせず私を誰だと言った事を”
「嘘だろ……まじかよ……。真打ち登場っ……?」
“それだけでは飽き足らず、私を同性愛者の様に励ましてきたことを”
「………………」
や、やべぇ……。今日の相手はアイツだったのか……。
“貴様は覚えているか、謝った後、ティッシュを私の頭に貼り付けたことを”
「い、いや、もういいって。松林、ちょっと巻いて」
“貴様は覚えているか、お詫びにケーキを完成させたことを”
「ちょっと、松林っ。もう、いいってっ」
“あれは、その、まあ、嬉しかった”
「嬉しかった……? やっぱりいいや、松林続けて」
“私の為に焼いてくれた事、凄く嬉しく思い、その日の内に姉と三人で美味しくいただいた。正直な所をいうと、あれほどまでに美味しい暗黒の月は―――”
「ちょっと待て貴様っ! そこは読まなくていいと言っただろ! 二重線を掻い潜るなっ!!」
草むらに隠れていたんだろうアリスが、頭に枯葉を沢山付けてこちらへとやってくる。だが……。
「松林さんっ。お気になさらず続きをっ」
「そうだぜ、松っちゃんっ。かましたれっ」
「こっちは任せてよぉ~」
意外なことに、中島と爺と麗奈先生がアリスの前へ立ちはだかり止める。
“よろしいですか? では……”
松林はチラッと、アリスと押し合いしている三人の姿を見ると、再び紙に目を落とし読み始めた。
“あれほどまでに美味しい暗黒の月は初めてだ”
「ああーーっ! ちょっと待て貴様ぁーーー!!」
アリスは三人に押さえられながらも、必死にこっちに来ようともがいていた。
が、無視だ。来れてないんだもの。
“そのことは礼を言う”
「ほほぉ~」
お礼言うんだって。ははっ。
「貴様ぁあああああ! やめろっ! その後だけは読むなっ―――」
“ありがとう”
「ほほほぉー。ありがとうだって。いいじゃーん」
むしろ、当たり前のことだろ礼なんて。
いらないけど、言いたいんなら素直に受け取ってやるっての。むしろ、アリスのやつ、何が恥ずかしいんだか……。
“わたち、だいちゅきなの。あんこくのちゅきが。えへっ☆”
「は?」
“そして、しあおねえちゃんと、るいおねえちゃんがちゅきです。ぞ~さんよりもだーいちゅきです”
「……ごめん」
“なんか……申し訳、ありません……”
松林と二人で、アリスヘと頭を下げる。
「ちょっと待て貴様ら! そこは私じゃないっ!」
いや、そりゃ、そうだよな……。
「俺にでもねえもんな……」
“そうですね……。お姉ちゃんに対してですね……”
「違うっ! そういう意味じゃないっ! 書いたのが姉だっ!!」
「いやぁ……またまたぁ~。別にお姉ちゃん愛でもいいんだぜ? 勝負には関係ないけど」
「ですわね……。私は姉妹がいないのでなんとも言えませんが、いいと思いますわ」
「だねぇ~……。でも、今お姉ちゃん愛を爆発させるのは……ちょっと違うかったかもしれないね……」
阻止していた三人もどん引きし、アリスから少し距離を取る。
「ちょっと貴様等も待てっ! 本当に私が書いたんじゃない!」
「いやぁ~。アロマ姉さんかわぃ~。家ではおねえちゃんだいちゅきなんだぁ~」
「ふむ。なんだかのぉ~。気の強いのは裏返しなんかのぉ~」
恋太郎王子と混姫にまでそう言われ、アリスの顔はこれ以上無いくらいに真っ赤になっていた。
「ちがうというに……きさまぁらぁぁぁ……」
拳を握り締め、プルプルと震えだすアリス。
これは、危険だ……。だが、姉が書いたといえ、書き直さず二重線で横着した自業自得でもある。
だが、やはり危険だ……。
どうすれば……。
そう思った時だった。
「おいおい、おめえら。友達をいじめるもんじゃねえだろ。彼女ケチャップの様に真っ赤じゃねえか」
ケチャップ片手に、ケチャップ仲之森がやってきた。
「お姉ちゃんが大好きなのは本当だろうが、それは、ここ」
言って、ケチャップは胸を親指で指す。
「ケチャップと同じように、身体ん中―――心に大事にしまってるもんでよ、書くことじゃねえ。なあ?」
急に振られた、アリスは少し驚いた顔をしたが……。
「ふ、ふんっ。そうだ。いちいち書いたりせん。特にこの歳ではなっ」
紅潮はそのままで、すました風を装ってそういう。
「それを寄って集っていじったりすんのはよくねえぜ。おめえら長い短い関係なくよぉ、この姉ちゃんと共に行動してんだろぉ? トマトとマヨネーズみてえな近しい仲なんだろ?」
「そりゃ、まあ……そうだな……」
「です……わね。……確かに」
「そうだねぇ……。私先生だし……。恥ずかしい……」
ケチャップのヤツ……なんかカッコいいじゃねえか。
確かにその通りだ……。まあ、姉ちゃんってお前が言うのどうなんだろうとは思うけど……。
「まあ、姉ちゃんも姉ちゃんだがな。お姉ちゃんに悪戯で書かれたもん、ちゃんと消さずに松林(こいつ)渡しちまってよぉ。松林(こいつ)が面白そうだからそのまま読むやつってのは、これまでで、予測は出来たはずだぜ?」
「そ、それは……うむ。確かに、私も悪かった……」
「いや、まあ、一番悪いのは松林なんだがよ。こいつぁー殴っていい」
“厳しいですなっ。はははははははっ”
「こんな、やつだからよ。マジで殴ってくれぇ……。レバー辺り、ガツンと……」
ケチャップは松林をキッと睨んでから、俺へと顔を移す。
「さ、大将。今から戦うのにおかしいかも知れねえが、ちゃんと謝りな。皆の分を込めて、大将としてな。オーロラソースみてえによ」
「えっ……。あ、ああ、まぁ……そうだな……」
何で俺がっ!? とすっごく思うんだが、ここでそれを言ってごねるのはなんかかっこ悪いので、アリスの方へと歩んでいき。
「あの、ごめんなさい……」
素直に頭を下げた。
「ふむ。いいだろう。歯を食いしばれ」
きたよ……この女……。前後で言ってることちげえんだよ、毎回毎回……。
「…………」
でも、しょうがない。俺も男だ、腹くくってやる。
「ふっ。潔いではないか」
この後、勝負どころじゃないんだろうな……。なんて思いながら、歯を食いしばり目を瞑る。
「では、行くぞ」
言った瞬間、アリスが動いたのが微かな音や気配でわかった。
「っ……」
そろそろのはずだと、全身に力を入れ構える。
「っ…………」
あ、あれ、こない……? いや、そんなは無い。恐らく、不意をつくようにテンポを遅らしたのかもしれない。
「な……にっ……」
え? えっ? なにってなに? そんな芝居してまで、不意をつく必要あるのっ?
「…………」
薄っすらと、目を開いてみる。
「くっ……」
確かに、アリスは拳を放っていた。だが、俺に到達することなく顔を歪めている。
「駄目だよ……」
俺とアリスとの間に割り込む形で立っている黒衣に拳を掴まれて……。
「人は殴っちゃ駄目だよ……アリスちゃん」
あ、アリスちゃんっ……? え、これって、黒ちゃんだよな? なぜ、そんな親しげに?
「な、何故だっ……何故止めるっ……姉さん」
ねえさんっ!? 黒衣がねえさんっ!? ちょ、なにこの展開っ……!
「何故止めるって、当たり前じゃない……。逆に、アリスちゃんは何故百太郎君を殴るの……かな?」
「そ、それはっ……けじめをつけさせる為だ……」
「けじめ? シアお姉ちゃんが悪戯で書いた手紙を笑ったから?」
「そ、そうだ……」
あぁ……嘘だろ……。俺はなんてことを……。
「それなら、ここにいる皆も殴るべきだよね? お姉ちゃんも手伝おうか?」
「なっ、姉さん本気かっ!? 貴女が手を出せば死人が出るぞ!?」
「本気だよ。いいじゃない。アリスちゃんが本当に“けじめ”だと思ってるなら私も手伝うよ。姉として」
「い、いや、それは……」
こえぇ……。優しく言ってるけど、流石、アリスのお姉さんだ……。逆らえない迫力がなんかある……。
「アリスちゃん。……わかってるんだよね? 自分がおかしいってこと」
「…………」
すげえな……。身長さも結構あるし、一人顔まですっぽりと覆った黒装束で浮いてるのに、アリスが何も言えず黙ってやがる……。
「ねえ。男の子なら他にも居るよね? どうして、百太郎君だけ殴るのかな?」
言われて今気づいたけど、確かに、爺も松林もケチャップも居るよな……。何故、俺だけなんだろう……。
「そ、それは……」
「それは?」
「……言えない」
「そう……」
黒ちゃん―――いや、ルイさんは、アリスの手を両手で持ち、アリスの胸へと押し付ける。
「じゃあ、殴っちゃ駄目。ふふっ」
「な、何故そこで笑うんだ姉さんっ」
「うん? 何故笑うかって、言っちゃっていいのかな?」
「い、いい、いっちゃっていいとは、な、なんだ姉さんっ」
たじたじじゃねえかアリス……。って、ちょっとまて、なんだこの流れっ……。
これじゃ、まるでアリスが俺のことっ……いや、違うよなっ。違うはずだっ。
「ふふふっ。私も殴っちゃうのかな?」
「ば、場合によっては、そ、そうなるぞっ。ね、姉さんっ」
いや、お姉ちゃん殴っちゃ駄目だろ……。特にお前の姉妹は……。
「いいね。姉妹喧嘩ってしたことないもんね」
「あ、ああ。子供の頃は勝てる気がしなかったが、わ、私もこの歳になったんだ。い、今なら―――」
言い終わる前に、アリスは地に仰向けに倒されていた。
「えっ……」
「うそ……だろ……」
「み、見えませんでしたわ……」
「どうなってるの……」
一瞬の出来事で俺達には倒れる寸前や、何をされてアリスが倒れたかなんて見えなかった。
「うっ……くっ……」
頭を打ったりはしてないようで外傷も殆んどないが、酷く苦しそうにアリスはもがいていた。
「…………」
黒―――いや、ルイさんはただ、傍に屈み、アリスの腹部に手を置いている。
「アリスちゃん、さぁ……」
「うぐぅっ……かぁっ……」
頭巾がめくれ露になっているルイさんの顔は穏やかに微笑んでいた。
ただ、アリスがもがき苦しむ姿とマッチせず、それは異常な光景だった……。
というか、普通に怖い……ルイさんが。
「あんまりねぇ……調子のんなよ」
「ひっ……」
ルイさんらしからぬ鋭い声色と言葉が飛び出したので、アリスより先に声を出してしまっていた。
「シアお姉ちゃんだったなら、半殺しにされてるよ」
「ぐぅ……ぁぁ……」
「シアお姉ちゃん。……優しいからね」
「ぐはぁっ……ぐぅぁぁぁ……」
ええっ……。ちょっ、それってっ……!
「ちょっ、ルイさ―――」
「なんてね」
止めようと動いた瞬間、ルイさんはアリスの胸ぐらを掴んで上半身を起し。
「は……?」
理解できず固まる俺や他の皆を他所に、ルイさんは激しく咳き込んでいるアリスを抱きしめ、頬ずりをする。
「ごめんね。アリスちゃん。でも、お姉ちゃん分かって欲しかったんだぁ」
「ごほっ、がほっ、げほげほっ」
「いくら気になるからって殴っちゃ駄目。自分が間違ってること分かってるのに、認めずにお姉ちゃんにまで矛先を向けるようなことも駄目」
「うぅ、げほっ……あ、あがぁぁぁっ」
なにこれ……。やっぱり、ルイさんも結構アレな人……?
「お姉ちゃん、本当、悲しかった。だからちょっとだけ力入れちゃった」
「ぐぁぁあああああっ」
「でも、それは分かって欲しかったからなんだよ。大好きだから」
「がぁああああああああああ」
お、おいおい、これはこれでまずい事になるぞっ!?
「ちょ、ちょっとルイさんっ。大好きな妹死にますっ!」
「え? 死ぬ?」
「は、はいっ。つうか、腕の中見てっ。そろそろ息絶えそうですって!!」
「え? ええっ。えっ!?」
普通なら、これで終わるはずなんだが、俺は判断を誤ってしまった。
「アリスちゃんっ!!」
この人の力はまさに破壊神級……。
「ぐぁはぁっ……!?」
生で、初めて言う人を見たわけだが……。アリスは……。
「きゅぅ~…………」
その言葉を最後に気を失った……。