"そんな意味の無い事をする暇があるなら”
「…………」
"他にやることがあるのではなくて?”
「はぁ…………」
気にしないようにしているが、中島のあの時の言葉……実は俺の心に突き刺さっている。
「意味の無い事……」
中島の皮を被った由加の憎悪が発したと自らを奮い立たせてはいたが、やっぱり……。
「きついこと言うよな……」
由加に言われたなら、そこまで傷つかないが……。
「…………」
中身がなんであろうが、知っている奴の口から、よく耳にしていた声で言われたんだ……。
前日まで仲良くやっていたのに、だ……。
「はぁ……」
アニメやゲーム、ドラマや映画、なんだっていいが、創作された物語では主人公が最後まで諦めず、憑依された仲間にやられながらも、身を挺して助けるというハッピーエンドが待っていたりするもんだが……そんなこと本当に出来るもんなのか……。
「あぁ……」
こういう状況に置かれると、自分でも忘れていたことに気づく……。
俺、ガラスのハートだったって……。
「…………」
人に依存しても傷つくだけ。
そう考え、周りとはその場しのぎで適当に接して深くは関わらない。いつしかそうしていたはず。
「そうだったはずなんだけどな……」
隣に移ってから、ちょっかいを出しては怒らせたり困らせたりして、暇つぶし感覚だった筈が、実はそうじゃないらしい。
「まじかぁ……」
中島(あいつ)に惹かれてたからなのか……。
「小学生かよ……」
程度の違いはあれど、好きな子をいじめるってやつと同じじゃないか……。
「はぁ……」
なんて、何度目かのため息を吐いた時だ。
「ん……」
由加が目を覚ましたのは。
「いたたぁ……もぉ……」
そら、額も押さえたくなるだろうなと思う。
なんだか分からない波動を何度もくらい気絶してるわけだし。
「ごきげんよう」
ふらふらと、上体を起こしたところで声を掛けてやる。
「あ、先輩……」
「え? 先輩?」
てっきり、また記憶喪失になって振り出しに戻るのかと思ってたけど……そうではない?
「私は……。うぅ……」
「痛むのか?」
両手で顔を覆って唸るので、少し心配になってくる。
「だ、大丈夫です。ぅぶるるっ……」
大丈夫なようだ。頭を左右に振ると、気を取り直したように顔を向けてくる。
「それより、私……どうしちゃったんでしょう?」
「ん? なにが?」
「何がって……。私、今まで気絶して――」
「してないだろ。お昼寝だ」
覚えていないなら、適当に記憶を塗り替えるしかないからな。めんどくさいし。
「いやっ、馬鹿いわないでくださいっ。こんな公園でっ!――しかも、地面でなんか寝た事ないですよっ!!」
気絶していたと分かってるくせに、元気な奴だな……。
「現に寝てたじゃないか。『あぁ~お昼ねっ。お昼なのねっ』って言って、グースカ、ピースカ」
「なんのカントリーミュージカルだ! それは絶対ありません!」
「いやいや、自分でやったこと覚えてないとか……」
「流石に無理があるぞ! 本当のことを言いなさい!」
まあ、ごもっともだわな……。
自分でもアホみたいなこと言ってると思うし。ただ、本当の事を説明できるわけもねえしな……。
「それにっ、隣に着ぐるみ着た人が寝てるじゃないですか! 物語ってますよ、おかしいってことを!」
あぁ……やっぱ気づいちゃうよねぇ。めんどくさいよねぇ。
「それは、あの、あれだ。お前が言ったように、カントリーミュージカルだから、ミョリ坊も出てきちゃったんだよ。妙な色のウサギとか付き物だろ、ミュージカルって」
「いや、いつまでそれ引っ張るし!」
「ああ? 引っ張るってなんだ。俺は真実を言ったまでだ」
「嘘付け! 私、そんな奇行しませんからっ!」
信じろよぉ。無茶苦茶でもよぉ……。ったく、しょうがねーなぁ。
「んなら、お前さ。どこまで記憶あんだよ」
「どこまでって……どこまで言えばいいですか?」
えっ……。こいつ、まさか……。
「そりゃ、お前……覚えてる範囲全部……かな……」
こわぁ……。どこまで覚えてるんだろう……。
「ええっと……じゃあ、覚えてる範囲全部、言いますね……」
俺は勿論だが、由加までも何故か緊張の面持ちだ。こりゃ、全部覚えている感じじゃないのか……。
「私……あの、貴方っ―――いや……先輩に……。その……」
「うん……?」
なんだろう……この感じ。妙に後輩感出すやん……。
「お部屋の方で……その、熱烈に告白されて……」
「いや、してないぞ?」
「そこの、ミョリ坊から私を救ってくれて……そのぉ……」
「いや、救ったのともまた違うんだが……」
この流れいかんぞ……。
可愛い奴ではあるが、こいつの恋心のせいでややこしい事になってるわけであるし、危険性も嫌と言うほど分かっている。恋されるわけにはいかんっ。
「私、先輩見直しちゃって……あの……」
「いや、見直したことを、もう一度見直してみないか?」
やばいってっ。混姫のやつちゃんと仕事したのかよっ。
俺への恋心をぶっこ抜いてワクチン作ったんじゃないのかっ。なんか、結構残ってるっぽいぞ、おいっ。
「抱きつきたくなっちゃって……」
「いや、やめておいたほうがいい。なんか違うってなるから」
「そこまでの記憶しか……ないんですが……。私……先輩のこと……」
「いや、ちょっと待て、由加。それはっ……」
なんとか、正気になってもらおうと、由加の肩を掴み掛けた時、由加は真っ直ぐに俺を見て言った。
「やっぱり、なんか嫌いなんですよね」
「え……?」
「そこまで乙女心を刺激されても、恋心は無くて、嫌いなんですよ。先輩」
「あ、あぁ……そうなの……」
そこに落ち着くのかぁぁぁぁ……。
いや、作戦は成功で、いいんだと思うんだけど……。なんだかなぁ……。
「ま、まあ、そうだよな……」
恋心が無いだけで止めてくれれば、既にヒビが入っている俺の心に更なる傷が付く事もなかったと思うんだがな……。素直な奴だ、ほんと。憎たらしいくらいに……。
「そうなんですよねぇ。おかしいなぁ……」
由加は顎に手をやり、首を傾げるが、最早、言い切った後であり、傷つくだけなので思案して欲しくない気分でいっぱいだった。
「まあ、とりあえず、帰るか……」
あの目立つ格好の癖に、ミョリ坊の姿はいつの間にか無くなっているし、この場に留まっておく理由も無い。俺のこと嫌いなんだしさ、こいつ。
「そうですねっ」
由加がそう、元気よく立ち上がるので、同じように腰を上げる。
「よしっ。では、帰りましょうっ」
パタパタと砂を掃い終わったようなので、共に公園の出口へと向う。
「…………」
公園を出て、アパートの前に着くまでの数分間共に無言だった。
「はぁ……。んじゃ」
アパートの前に着いたからといって、嫌いなのだろうし、別れを惜しむ事もないので、一瞬由加の方へ向き手を上げると、立ち止まることなくアパートの敷地内へと入る。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ」
意外ではあったが、正直、面倒と言うのが勝っていた。
「待たない」
歩みを止めずに、入って左にある錆びた螺旋階段の前まで来たとき―――。
「っえっくしっ」
くしゃみが背後から聞こえ、腹の辺りに細い腕が回されていた。
「お前……なにやってるんだ?」
嫌いだと言っておいて、後ろから抱き着いてくる意味が全く分からない。
「わかりません……ずずっ」
由加もよくわかっていないようではあるが、離れようとはせず、顔を右側に向けると鼻を啜る。
「わからないって……。くしゃみパワーを使う何かがそこにあったんだろ?」
見てないから、よくわからんが、飛びつく際にでも出たんだろうか……?
「自分でお……わからないんでずよ……ずずっ」
「とりあえず、その、泣いてるみたいな感じで抱きつくのやめてくれないか……? 隣人にいつ見られてるかわからないし……」
つうか、鼻水制服に付けてないだろうな……。後でカピカピなるの地味に嫌なんだが……。
「と、とりあえず……先輩……その……ずずずっ」
由加は、一度大きく鼻水を啜り……。
「がんばってくださ――っえっくしっ!」
背後、右下辺りから人の顔へくしゃみをくらわすと、下を向いて、走って去っていった……。
「なんやねんな……」
言葉の意味も分からず、急に攻撃されただけにしか思えないので、袖で顔を拭うと、アパートの出入り口を見ながら、そう呟くしかなかった。