「なんだってんだ……いったい……」
前方の光景を目にしながらそんな言葉が衝いて出ていた。
“ぁあああああああああああああああああああああああああ!!”
争いごとを極力避け、たとえ面倒事に巻き込まれたとしても、自ら人に手を出すなんてことないはまずない。
そんな息子のような存在が雄叫びを上げ、目の前で友人―――変わり果てては居るが、友人だった者の一人をぶん殴って倒すと、再び雄叫びを上げて走り、別の友人たちのもとへ…………。
「は、反抗期や……。も、物凄い反抗期が、今……」
「いや、何見てたのぉっ!? 違うでしょう!!」
「ぃったっ……。いや、ごめんごめん。分かってる。ごめん」
恋ちゃんに思いっきり殴られた肩口を擦りながら、もう一度、状況を読み取るべく前方に視線向ける。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「ぐぅお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」
昔放映されていた戦隊もの番組の緑と黒に扮した半狂乱の二人が、女子生徒二人を襲っている。
「ぶぅうぇっくぅ……! くっ……くっしぃ……! うぇっくっ……!」
襲われてるとはいえ、女子生徒二人―――やたらくしゃみをしつつ、その反動で緑と黒の攻撃を華麗に……? 避けている由加ちゃんとその背にくっつき由加ちゃんを盾にしながら動きを合わしている混ちゃんは今のところ無事だ。
「うぐぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「いっ……うっぐっ……!」
「ぐぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」
「へっ……ぐぇしいぃっ!!」
緑の豪腕ブローをくしゃみの反動を使い前のめり姿勢で避けたあと、すかさず顔面を狙った黒の膝蹴りをこれまたくしゃみの反動で後ろへと飛んで回避する。
すげいっ……いや、すごいぞ由加ちゃん。避けると共に前方へ特大の飛沫と鼻水をちゃんと噴射しているところは流石だ。
ほんと汚くて、いいぞ! その粘着スプラッシュボム!
ただし、当たったところで奴らからすればどうということがないのだけは残念だ。
「イェエァァ! きったねぇ!!」
でも、だ。……由加ちゃん。彼女の避けの才能は本当に素晴らしい。戦いというものにおいてまず、一度も攻撃を当てれないとすると相手はただ勝手に消耗し、結果的に戦意を削ぎ、戦いに身を置いてるにも関わらず、戦わずして勝つという事が成せてしまう。
「はぁ……ずずっ……ぁあ……ずずずっ……」
今まで危険なことは全てそれで凌いできたんだろう。
「はぁ……はぁ……ずっ……」
しかし……今回は相手が悪いようだ。
続けざまのくしゃみと無限に溢れ出る鼻水で体力も鼻の下も限界に近そうに肩で息をしつつ、制服の袖口で鼻で拭う由加ちゃん対して、緑と黒は一旦由加ちゃんから身を引き、様子を窺ってるようではあるが、体力を消耗しているようには全く見えない。
「はぁ……はぁ……んっ……」
今までのようにいかない。頬に一筋汗を伝わせ顔を上げた由加ちゃんはそう悟ったように見えた。
「…………」
だが、その瞳から光は消えていない。
「……ずぅっ……」
強めに鼻水を拭うと緑と黒を静かに見据える。
「…………」
なにか打開策を思いついたのか、それとも、現状を維持しつつも、限界まで避け続ける覚悟を決めたのか。
「…………」
もしくはそのどちらでもないのか。
どうであれ、そこまでは表情で読み取ることはできず、由加ちゃんのみぞ知るところ。
……だが、一つだけ確かなことがある。
それは―――。
「んっ……ずずずっ……」
彼女は本気だということだ。本気で鼻水をすすり、本気で立ち向かおうとしている。
「んんっ……!」
「た、頼むぞおぬじっ……!」
「うぐぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「ぐぉお゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」
由加ちゃんとくっつき虫の混ちゃんと黒と緑。
再び動き出した時。攻防戦。
「あっ…………」
息を呑む戦いがまた開幕というところで、俺はもう一つ気が付いた。
「ぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」
退治する4人の元へ側面から雄叫びと共に迫る影。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
ていうか、影っつうか、アイツ。
「おおおおおおぉぉらぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
……そう、反抗期(百太郎)だ。
「うぐぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
走り込みの勢いのまま緑へドロップキックをかましているなんて……。
あの子のあんな活発な姿なんてほんと……俺からすれば始めてなんだ。
「なんだろう……なんか、俺……寂しい」
大人の階段ってこういうこと……?
「いや、なんでぇっ!? どこに孤独感じるとこあったですか! ていうか、ほんとちゃんとしろってお前このぉっ!!」
「ぃったぁっ……! いや、ごめんごめんっ。ほんまごめんごめんっ。分かってるって、ごめんっ」
朱色濃くは沈む空。
その眼の先に我が子の成長。
孤独感感じる間もなく肩口痛みと流れたり。
モモ太郎。心の詩。