「見てるぜミョーン……」
なんだか、変なのがいた。
「まじかよ……。あいつは……」
変なのといっても、俺はあいつを知っている。
「ヌンヌンだぜミョーン……メンッ」
あの妙に身体が人間ぽく長細い紫色のウサギっぽい耳を持った着ぐるみ野郎は学園に奴しか居ない。
「“ミョリ坊”だ……」
全然隠れきれてないのに、下駄箱から巨大な血塗られたニヤリ口のウサギ顔を出してこっちをもの凄く見てやがる……。
「ずっとだ……。登校時から……ずっと……」
アリスの震えが更に強まる。
「気持ちの悪い着ぐるみに……教室前に張られたら……どうなると……思う……?」
「考えたくもねえな……」
明らかに変な目で見られるのはわかりきってるしな……。ミョリ坊は当然だが、アリスもな。
「殺しても……いいのか……?」
「い、いやっ、ちょっと待てっ。あんな目立つ奴、学校来なくなったら皆喜ぶかもしれないけど、騒ぎにもなる気がするぞっ」
キモイが、悪さをするわけじゃないし、実はイケメンだとか秀才だとかそんな噂もあるしな……。
まあ、それ以外は……というか、所詮噂だし、結局は全てが謎と着ぐるみに覆われてるんだがな……。
「先ほどから気になっていたが……。貴様は……アイツを知っているというのか……?」
「え、いや、どうだろう……かな……」
なんだろう、この知ってると言ったらこっちに矛先が向きそうな雰囲気……。
「どっちなんだ……知ってるのか知らないのかはっきりしろ」
「し、知らない。でも、話したことはあるし、それを知ってるというなら知っていたということになるわけでっ……あの、ど、どちらにせよ、そのっ……ああーー! もうっ!! 鉛筆を削ってもらったことがあるだけだ!」
あの時はマジで助かった! でも、それだけっ!
「ちょ、ちょっとまて! なんだ鉛筆を削ってもらったって! どういう状況だ貴様っ! 小学生でもあるまいし!」
「その時、鉛筆しかなかったんだよ! しかも全部新品20っ本!」
「更に意味わからぬわ! 何故新品を箱ごと持ってくる! どう削った! 奴はどう削ったというのだ!」
「機械でシャーだよ! 全部ピンピンにしてくれたさ!」
ああ見えて、普っ通ぅーだった。
ほんと、普通に削ってくれ、普通に渡してくれた。
まあ、全部削られるとは思っても見なかったが……。でも、去り際、消しゴムとシャーペンを貸してくれたし、普通にいい奴だと思ったもんだ。
「最っ悪だ……。結局、貴様に何らかの接点がある変態じゃないか……」
「いや、その言い方は……。好きでそんなのと関わってるわけじゃねえしさ……」
というか、俺としては何事も無く静かに学園生活を送れればそれでいいと思っている。
だが、人数が多い学園だ。変な奴も沢山居るわけで、嫌でも関わることになる時だってあるし、2度関わらない為にも邪険にはできないんだ。
「好きで関わる奴など居ないことはわかっている。私が言っているのは、貴様が呼んでいると言う事だ」
「ええっ、なにそれ。俺、呼んでねえよっ」
「いいや。貴様が全て呼んでいる。その証拠に、私は貴様と関わる前の生活は至って平和だった。声を掛けてくる者等、それこそ、皆無だったしな」
「いやいや、ちょっと待てよっ。確かに、類は友を呼ぶって現象はあると思うけど、俺は着ぐるみ着て女追っかけまわす趣味なんかは無いぞ、流石にっ」
至って普通を装った変人であるはずだ。それは爺を見てたら―――。
「…………(チラり)」
くっそ、死ねーーーー! 木陰でこっち見てやがるあいつも見た目から変やんけっ……!
「…………(チラり、チラリ、ペロり)」
なんか舌なめずりしてるし……。覆面とスーツって……。
なんだ今の状況。最悪すぎんだろ……。覆面スーツと紫ウサギ着ぐるみに挟まれてやがるって。
「何をさっきから後ろばかり気にしている。やはり、お前も変態かっ」
「ち、ちがっ―――ていうか、後ろ見るのはいいだろっ。変な行動ではない! それに俺は変態ではない! いっても変人だ!」
その線引きはものっそい大事だ!
「その発言も既におかしいではないか! 普通なら否定をするもんだ!」
「いや、違う! 違うんだよアリス! 違うっ……!」
どうしてここまで必死になるのかは自分でもわからないが、アリスの両腕を掴み必死に訴えていた。
「や、やめろっ。離せっ。変態がうつるっ」
「いいやっ。離さないっ。離さないよ私はっ!」
変人は天才、変態は犯罪。だからこそこの線引きは大事なんだ!
「俺はじろさんやケーキ屋のおっさんやラーメン屋のおやじとは違う!」
「どれも仲良しだろうが! 即ち、貴様も同じだ! いいから離せっ!」
ばっきゃろぅっ……。このわからずやめがぁっ……。
「だから違うってっ―――あ、やっぱりいいや」
掴んでいた両腕をさっと離す。
「離さないんじゃないのかっ! なんなんだその切り替えの速さは毎回毎回っ!」
そう言われてもなぁ……。
「ミョリ坊居なくなったし」
「なにっ。本当かそれはっ」
俺からは下駄箱から覗くのを止めて去っていくまでの全て見えていたわけだが、アリスは振り返ってようやく居ないことに気づいたようで……。
「居ないじゃないか……」
いや、だから言ったじゃないか、と思わせる言葉を吐いた。
「どこへ行ったんだ……?」
なんて疑問をキョロキョロしながら続けざまに言うアリスだが……。
「そんなの決まってるだろ」
そう返すしかない。
「決まってるだとっ。貴様は知っているというのかっ?」
タケシさんかよ……。毎回毎回胸ぐらを掴んできて……。たまには普通に問うてくれればいいのに。
「ああ。わかるよ。ていうか考えたらわかるじゃないか」
このタイミングで消えた理由なんて一つだけだ。
「貴様っ。私を馬鹿にしてるのかっ! 奴はどこに行った! 答えろっ!」
いや、馬鹿にはしていないが……馬鹿と取れるような質問に仕方だと思うんだが……。
「どこに行ったってさ……」
そんなの決まりきってるって……。
「自分のクラスに帰ったんだよ」
授業始まってんだもの……。