「やっと来たでゴンザレスねっ」
草を掻き分けたと同時に恋ちゃんの声が聞こえてきた。
「やっぱりここだったんだな……」
裏山とは言っていたが、裏山は名の通り、学園の裏にある“山”だ。
「入り口付近で待ってろよな……。つうか、普通待ってるだろ」
まあ、少しばかりといえ、期待した俺が馬鹿だったんだろうけどさ……。
山といえば今日の対戦相手はあの人しか居ないし、対決も木登りしかない。
も一つ言えば、登る木はモッキーしかない。
「でも、わかったから、“お前さん”はここへ来たんだろ?」
麗奈先生を省いたお馴染の仮面達と共に、モッキーのすぐ傍で腕組して立っている爺が、他人を装いそんなことを言いやがる。
「まあ、そうだけどさ……。でも、俺がこれ幸いと逃げるとか思わねえの?」
実際、しんどうそう―――ていうか、しんどいだろうから、帰ろうとか思ったし。
「お可哀想ですが、そんなこと出来ないと思いますのよ……。後が怖くて……」
「…………(うん、うん)」
中島が俺のことを思ってか目を伏せると、アリスは言葉を発せず二度頷く。
「あぁ……。まあ、そう……だな」
腹立つがその通りだ……。正直、恋ちゃんも怖いが麗奈先生も怖い……。
おっとり筋肉は伊達じゃねえんだ。恐らく、木登りから逃げたら殺される。
「さてさて、ではでは、始めましょうか」
「ぷふぁー! そうだなぁっ!」
突然周囲の草が鳴ったので視線を向けると、恋ちゃん達が立っていると場所とは逆の方向から、小さな実況席を首からぶら下げた松林とケチャップを片手に持ったケチャップ仲之森が草を掻き分け、モッキーの前へと来る所だった。
「お前等こんなとこまでくんのっ!?」
思わずそう声を掛けると、松林は目を見開いて驚き、ケチャップ仲之森は手に持ったケチャップに口を付けた。
「いや、なんか言えよっ! というか、ケチャップ飲むなお前っ!」
なんで、当然だろみたいに驚いてんだよ。つうか、仲之森気持ち悪っ。
「私はあの時から、最後まで実況をする覚悟でございますよ。百太郎選手」
「うえっぷぅ~……。だぜなぁ。当たり前よぅ。……ぷふぅ~」
そんな覚悟すんなよ……。ぷふぅじゃねえし……。満足なのか、吐きそうなのかどっちなんだあいつ。
「んでぇ?……ふぅ~……。対戦相手はどこなんだ? 居ねえみたいだけどよ。ケチャップ買いに行ったのか?」
「んなわけないだろっ! ケチャップ出してくるの健在か! つうかマジで先生どこなんだっ!」
恋ちゃんへと顔を向ける。
「ん~~?」
だが、恋ちゃんは知らないといった風に両手を上げて首を傾げ、それ見た松林が何故だが不適な笑い声を上げた。
「な、なんなんだよ、お前……」
そう問うと、松林は左手で顔を覆い、くくっと喉を鳴らし口を開く。
「それは私が……ふふっ……ふははははははははっ!」
「ちょっ、お前なんなんだよっ。なんかこぇえよっ!」
ゲームし過ぎだろこいつっ。何か乗り移ってんじゃねえのかっ。
「くっくっく……。いや、失礼……。くくっ……」
「失礼と思うなら笑うのやめろっ! 黒幕かなんかかお前っ!」
あと、顔を覆うのもやめろっつうんだ。現実でそんなことしてるやつはオタクくらいだ、多分。
「いや、失礼。もう、大丈夫です。ええ、ほんとに」
「なら、早く言えよ。それは私がの続き、はよぉっ」
松林に監禁されてるとかは流石にあのマッスルだしないだろうけど、兎に角、何故居ないのかが気になってしかたない。
「では、早速、言わして―――いや、呼び出させてもらいます」
「は? 呼び出させてもらう?」
問いには答えず、松林は首に下げた小さな実況席のマイクに口を近づけ言った。
“選手の入場ですっ!”
山の中に松林の声が響く。
“一回戦、二回戦と由加選手と戦い、二戦目で敗北した百太郎選手……”
改めて言われると腹立つな……やっぱり。
“だが、戦いはまだ終わりません”
だろうな……。俺はあと何回負けるんだろ……。
“今回、三戦目となる戦いはここ、裏山で行われます”
つうか誰に向けて言ってるんだろう? 皆居るし、知ってるんだけどな……。
“そして、対戦相手はなんと……”
前置き長いな……。それも知ってるっつうのに。
“仮面四天王の一人。その名も……”
仮面四天王って名前になったのか……。じゃあ、覆面爺はなんで居るんだ?
“しじょぉぉぉぉれいなのぉぉおおおおすけぇええええええええええええ!!”
うるっさっ……。何事かと思われるからマジでやめて欲しいんだけどっ……。
「はいはぁ~~い。来ましたよぉ~」
実況とは打って変わって、緩い感じ言葉と共にでこからとも無く―――というかモッキーを中心に少し開けてる場所だからモッキーしかないのだが―――麗奈先生は飛び降りてきた。
「……っと。これでよかったかなぁ~?」
軽々と着地して上体を起こすと、麗奈先生は微笑みを向けてくる。
モッキーの留まって置ける場所は最初の地点でも結構地上から離れているのに、猫のように何事もなく着地するとは、流石の運動神経の良さだ。
「さぁ~。木登り対決だよぉ~。百太郎君」
まだ、勝負は始まってないからだろう。ギャンブラー麗奈ではなく、いつもののんびり麗奈のままだ。
それは、ギャンブラー麗奈が苦手な俺としてはほっとしているところだ。だが……。
「あ、あぁ……そ、そうですね」
麗奈先生は先生と言ってもまだ若い女性だ。木登りしやすいように上下同色の水色パーカーとスウェットズボンというラフな格好なのはわかる。だが、大人の女性なわけで、身体もその……大人なわけで……。
「どうしたのぉ? なんか少し前のめりだよ? そこ勾配ないよねぇ?」
「あ、いや、そ、それはそうなんですが……。あの、その、気合というかね」
ある種気合は満タンだ。股間が……だが……。
「うん? 体調わるいのぉ? 大丈夫?」
「だ、大丈夫ですっ! こ、来なくていいですっ! 今から戦うわけですしっ!」
こうなりゃ、必死だ。そして、男に生まれたことに後悔する瞬間でもある。
なんたって、先生は普通なんだろうけど、俺からすればエロい……。
「うぅ……」
先生の着ているパーカーはチャックが大きく開けられていて、黒のチューブトップのみの中が見えている。綺麗に割れた腹筋―――シックスパック様まで見える……。それが俺の何かを刺激したようで、下半身は大喜びしていた。
「もしかして、マウンテン?」
あぁーーっ、言うんじゃねえ、そこの幼馴染っ。
俺自身もこんなことで元気になってる免疫の無さに驚いてるんだからっ。
「ち、ちげえよっ。うるっせぇっ」
先生ののほほんと喋る口調とその下のハキハキとした―――いや、バッキバキとした存在感たっぷりの腹筋とのギャップでもう、下半身は大喜びだ。どうやら、俺はギャップ筋肉フェチだったらしい。
「えぇ~。百太郎君エロぃ~」
「いぃやいやっ! どっちかって言うと、先生のほうがエロいですよっ」
せめて、閉めてくれ前っ。
中途半端に下だけ止めるんじゃなくてさっ。つうか、セクシーな開け方しないでくれっ。
「わかる。わかるぞ、百太郎。うんうん……」
いや、共感嬉しくねえよ爺っ。つうかお前もマウンテンじゃねかっ。全裸覗いたくせにっ。羨ましいっ。
「ごめんねぇ~百太郎君。チャック上げたいんだけど、これ、さっき上がらなくなっちゃんたんだよぉ。下げることは出来そうなんだけどぉ」
「い、いやっ。な、ならそれでいいですっ」
下げられたらお前っ。敏感で素直な我が子が手をつけられない不良になっちまうっ。
「先生ぇ~。凄い筋肉ですねぇ~。おっぱいも大きいしセクシーっ。かっこいいぃ~」
「そ、そうかなぁ~。なんか、恥ずかしくなってきたよぉ」
くそっ、そういうことかっ……。
これ、絶対罠だ……!! 恋の野郎がそうさせてるきがするっ!!
つうか、違うにしろ、あいつは敢えて、この場で言ってやがる!! 想像を膨らませるようにっ……!
「ま、まぁ、男の子はね。そういう生理現象もあるから、しょうがいないよねぇ」
理解を示してくれるこの人はほんと好き!
ただ、その優しさが更に燃料を注ぎ、引き返すどころか奥へと進んでいきそうだ……!
“百太郎選手! マウンテンしております!”
「ちょっと待てぇ! 今まで黙ってたのに、なんで、このタイミングでそれを言う!」
マイクを使ってそんなこと言われた俺はどうすればいいってんだ!
てめえも股間腫らしてるくせによぉっ!!
「しょうがねえ、しょうがねえ。それほど、先生は魅力的ってことだ。コゴメケチャップの様になぁ」
「魅力的なのは認めるが、お前は堂々としすぎだっ!」
上も下もっ!!
「あ、あのぉ、と、とりあえず、皆ごめんねぇ。先生なのに、本当ごめんねぇ」
“先生は謝らなくていいっ!!”
野郎全員の言葉がハモる。
だって、麗奈先生はなにも悪くない。
つうか、むしろ優しさもラッキースケベ的な意味合いでも俺らの女神、聖母、マリア様だ。
「と、とりあえずっ、はやく試合内容説明しろっ!!」
だがしかし、いい人が故に、こうしている方がマウンテンは直らないので、松林を促す。
「そ、そうでございますねっ! で、ではっ!」
松林も慌しく、資料を捲ると、試合内容の説明を始める。
“この勝負、ルールは至って簡単です”
「ほんとかよ……」
そう呟かずにはいられない……。
前回は兎も角、前々回は簡単と言っておきながら、簡単ではなかったし、酷い目にあったからな……。
“この大きな木に登り、過去に百太郎選手が括り付けたというネクタイ。それを一番に取って降りてきた方が勝ち”
あぁ……。なんかそんな気してたけど、やっぱりそれなのか……。
“ですが……”
あぁぁぁぁ……。これもそんな気はしてたけど、やっぱり“ですが”きた……。
“百太郎選手は括り付けた本人であり、この木に登るのは非常に慣れています。ですから、少しのハンデを受けてもらいます”
少しじゃないんだろうなぁ……。いやだなぁ……。
“それは、ズバリ。試合開始と共にクイズを出題します。その出題されるクイズに1問正解することが出来れば、登ることができます”
く、クイズかぁ……。問題によっては、答えられるだろうけど……。馬鹿だからな、俺……。
“そして、安全対策ですが、今回も黒衣の方たちに来ていただいています。ただ、お二人のどちらかが落下など危険な状態に陥った時のみ、安全マットを投げ入れるという形で配置に就いていただいています”
マットを投げ入れる……ってことは、黒ちゃんがぶん投げるってことか?
いや、絶対そうだよな。落下を助けるマットって絶対でかいし重いしな、多分。
“では、両者、始まりの前の握手を”
松林がそう言うので、麗奈先生に顔を向けると。
「悪いけど……勝つよ」
先生はギャンブラー麗奈へと変わり、射抜くような視線を向けてきた。
「お、お手柔らかに、頼みますよ……。危ないですし……」
これはこれで綺麗なんだけど、顔はキリッとしてて、声も若干変わってるし体形はアレだし……色んなもんが相まって怖いんだよな……。殴り合う前みたいな、張り詰めた空気になる……。
「…………」
無言で手を差し出してきたので、こちらも差し出し、握手をする―――。
「いだだだだだっ。ちょっ、先生痛いっ」
なんて力なんだっ。毎回毎回っ。
「待ってるから……」
先生は俺にだけ聞こえるようにそう言うと、手を放し、モッキーへと身体を向ける。
「えっ……まって―――」
“では試合開始ですっ!”
俺の問いは松林にかき消され、先生はモッキーに手を付き、慣れた調子で登っていってしまった。
そして―――。
“では、第一問”
クイズが始まった。
「あぁ……くそっ……」
これに答えないと、俺は登れない……。
「はぁ……しょうがねぇ……」
先生はハンデで勝つのは嫌なタイプみたいだしな。
さっさと答えて登ってやるか。
「女性を待たせるわけにはいかねぇしな」
すぐに追いつくから、少しだけ待っててくれ。
麗奈先生。