鬼腹部第一もぬけ公園。
アパートから少し歩いた先にあるこの公園は、名が表しているように、人も居らず、遊具もない。
住宅に三方から囲まれた、窮屈な印象を受けるこの小さな公園の敷地にあるのはベンチと砂場だけ。
しかも、その砂場は最早、犬や猫とその他の野生動物達のトイレと化している。それ故に、近所の子供達や小さな子を持つ親などもこの公園で遊ぶ事は殆んどない。大体いつも、もぬけの殻だ。
「メェン……メン」
ただ、今はそういう場所があってよかったと思う。
人が寄り付かない場所だからこそ、着ぐるみを着た男と対峙できるというものだからな。
「久しぶりだな。ミョリ坊」
奴の被ってる物は、血塗られて不気味だが笑ってはいる。だが、その中身はどういった顔をして何を考えているのか、全く分からない。なので、刺激しないように、普段どおりに声を掛ける。
「お前、何故か、一年の終わりの頃、俺がいたクラスにずっといたよな」
頼むから、いきなり襲い掛かってくるとかはやめてくれと祈るばかりだ。
「久しぶりだミョン。お前、あの時のエンピツメンね」
意外だ……。覚えててくれた……。
「あ、あぁ。あの時は助かったよ。鉛筆削ってくれて、シャーペンと消しゴムまで貸してくれて」
全く鉛筆意味なかったけどな。最早、嫌がらせかと思ったくらいだ。
「お礼はいいミョンね。ミーも削るの楽しかったんだミョン。メン」
やっぱり、楽しかっただけか……。
まあ、電動鉛筆削りに新品の鉛筆つっこむのが楽しい気持ち、ちょっと分かるからいいけどな。
「20本全部ピンピンだもんな。あれ、まだ、俺の家にある――」
「そんなことより、お前の家に何故、ユカサワーイが居るミョン」
「え? ユカサワーイ? 人違いじゃないのか?」
「しらばっ!! くれるなぁミョン? ずっと見てたんだぁ? ミョンね?」
な、なんだこいつのニュアンスっ……。怒ってるのか聞いてるのかどっち……。
「お、落ち着けよ、俺が悪かった。お前がずっと見てたのは俺も知ってる。ごめ―――」
「謝るなミョン」
「わかった。じゃあ、謝らない」
「謝れミョン! お前、謝りミョンノ助三郎越後屋っ!!」
は、はぁっ!? な、なんて、こいつ。つうか、なんだ、こいつっ……!
「ちょ、ちょっとまて、ミョリ坊。助三郎越後屋ってなんだっ。意味が―――」
「もう、怒ったミョンねぇ……」
「はっ? 怒った? ちょ、ちょっと待てってっ」
「許さない……ミョン……ねぇ……」
ミョリ坊は「はぁ~~……」と言いながら、左足を前に出して右手を引き、左の掌をこちらに向けてなにやら武術の構えの様なもの取り始めた。
「お、おい、本気か。お前、素人相手に本気でやるつもりなのかっ!?」
「ユカサワーイはミーの彼女フレンドなのねミョン……」
「お前正気かっ!? 日本語と英語が変な混じり方してるぞっ!?」
「うるさいミョン! くらえっ!!」
ミョリ坊は構えの意味なく、普通に全力疾走で走ってくる。
「こ、怖っ。お前、ちょっ―――」
「死ねミョーーーーン!」
くそっ、こうなりゃこっちもやけくそだ!
「来るんじゃねえ!!」
ミョリ坊が突っ込んで来た瞬間を狙い、でかい顔をサッカボールに見立て思いっきり蹴ってやる。
「おうっ……」
体型にぴったりと合わせて作られたっぽい身体部分とでかい頭はくっ付いている様であり、ミョリ坊は仰け反るとそのまま引っ張られるようにして仰向けでぶっ倒れた。
「まぁん……メェン」
多分だが、こいつ……。
「やられた……ミョン……」
武術の心得も何もなく弱い。
「ああぁん……」
ミョリ坊の首がガクりとなった時、公園へと近づいてくる足音と……。
「せんぱぁーーーーい!!」
初めて"あいつ”の口から、真面目に出たと思う言葉が聞こえてきた。
「…………」
どうしようか……。あっけなさすぎて、誇れる心情でもない……。
「せんぱぁいっ! 大丈夫ですかっ!!」
由加は走ってやってくると、下を向く俺の顔を覗き込み問うてくる。
「あぁ……。過ぎるぐらいに大丈夫だ……」
どういったらいいのか分からずそう言ったまでだが、それが、由加の勘違いに火をつけたようだ。
「先輩強いんですねっ! ちょっと、カッコいいかもぉー!」
「え? いや……」
「自慢とかしないのもカッコいいーっ!」
「いや、マジで大丈夫だったんだけど……」
調子になんか乗れるわけねえよ……。
大した戦いじゃなかったこと知ってる、大した事ない当事者がそこで寝てんだから……。
「えぇーちょっと、どうしようっ! 私守られちゃったー! きゃーっ!!」
由加の勘違いは更なる加速で、俺を周回遅れ並みに一人置いていく。
「これが愛なのねっ。強引から始まる恋なのねっ! やだぁーっ!!」
「…………」
もはや追いつけない……。ということで、携帯を操作し、ある人物にワンギリする。
「いいわっ! 先輩の本気さがわかったっ。私、先輩とならっ――」
由加が俺の方へと向き直ったときだった。
「ショーータイムっ」
公園の植え込みから、白い仮面と黒いマントを付けた爺と混姫が姿を現し。
「いただいていこうっ」
混姫が素早く、由加へと掌を向けると、いつぞや見たあのイリュージョンとも言うべき事柄が繰り返される。
「えっ、やだっ……何これっ……」
何かは分かっていないんだろうが、上昇していく由加の動き自体は同じだ……。
「いやっ、私っ―――泥棒ヒゲちゃんっ!?」
あ、気づかれた。まあ、仮面とマントを付けたところで、背丈や声は変わらんからな。
「大丈夫じゃ。すぐ終わる」
混姫もあの時と同じように微笑むと、両手を一旦、前に出して引き……。
「か~み~さ~ま~」
もはや、説明は不要のあの技だ。
「覇ぁーーーーーーーーーーー!!」
撃ちやがった……。
後で聞いた話だと、好きだからやってるだけで、本来はもっと静かで素早くできるらしい。
「泥棒ヒゲちゃーーーーん!!」
由加もつられてるのか、演技に磨きが掛かってる気がする。
被弾と共に叫べるのは、くりりんとしたあの人だけだと思ってた。
「泥棒……ヒゲ……ちゃ……ん」
ゆっくりと降下してくると、由加は気を失った。
「おつかれぇーーーー!!」
そして、何故かバットを持っている爺がうんこ座りでそう叫んで締め、混姫はクールにその場を走り出す……。
「はぁ……」
まあ、成功ってことでいいのだろうかな……。
「まあ、とりあえず、おぶって……」
どこ行くんだよ。
「えぇ……ちょっと待てよぉ……。由加の家、知らないぞ……」
こいつ、いつ目を覚ますんだよ……。
「ちくしょう……」
近くでは着ぐるみも寝てるし……。
「事件だろ……」
まあ、しょうがねえ……。
こいつのキモイ気持ちが生んだ事とはいえ、こっちも利用した形になっちまったしな。
「はぁ……」
こうして、なんとか、混姫の策の成功をむかえったっぽい俺は、二人を遺体遺棄するかの様に、人目を気にしながら木陰に引きずっていき、目を覚ますまで待ったのだった。